戦国の花嫁 ■■■03■


朝と晩。
少しの会話をする。わしが感じた事務的な関係を思わせるものばかりの言葉だ。
あの強い輝きを放つ、まっすぐな視線は変わらぬままに、わしを気遣う言葉をかける。 わしはと言えば、心中わけのわからぬものが這うように居続けている。
それがわし達の関係だった。

宴の席でも、新妻の事に触れても話したがらない、むしろ、殺伐とした雰囲気さえ醸し出すわしに、その手の話をふっかけてくる同僚もいなくなり、なら、東の京にいい遊び女がいるんだがと誘いをかけてくる者さえ現れた。
女は嫌いじゃない。 いつまで続くか分からない今の平穏だ。 とは思うものの、その誘いに乗る気にはならなかった。

ある日の夕刻。
東湖院への召集がかかる。
昼前に着いたと言う早馬に関する事だろう。
北か、西か…。火種を見つけたらしい。
わしは戦を生業にしてはいるし、闘う事も嫌いではない。だが、年に何度も、戦を起こそうという御館の思考にはどうもついて行けそうにない。

顔見知りを見つけ、話を振る。
「聞く限りじゃ、北らしい」
「北か」
だとするのなら、そう遠戦にはならないか。
「珍しいな」
そう聞かれ、眉を上げた。
「お前のそう言う顔だよ。戦と言えば、目を輝かせるだろう?行きたくないのか?」
「行かずに、どう成り上がれるって言うんだよ。北なら、そう大きな戦にはならないだろう?なら、功名も立て辛いなと、そう考えてただけだ」
「そうか?俺はてっきり」
意味深な瞳を向けてくる奴に、なんだ?と聞き返す。
「噂は、嘘で、照れてただけなのかと思ったよ」
「はぁ?」
「新妻ほど別れるに惜しい者はないだろ?」
「ばっ…そんな事考えるはずないだろ!」
「照れるなって。惜しいのは、何もお前だけじゃないさ」
ご無事でお戻り下さいね。あなた様に何かあったら、私…、とシナを作って、もたれてくる男を慌てて突き放す。
「んなわけないだろうが」
「じゃぁ、噂は本当なんだ?余所に女を?」
「そんな暇もない。つぅか、知ってるだろ?わしが、普段何をしてるのか」
わかってるよ、ちょっとからかって見ただけだ、とにこやかに笑って見せる男を、わしは思いっきり殴った。


しかし。
戦へ行くと告げた時、彼女はどんな表情をするのだろう?
あいつの言うようになどとは到底思えないが、せいぜい「ご武運を」くらいか?そうだな。そうだな、それくらいの事は言ってくれるだろう。
しかし、全くないと言い切れるのか?
もしも。

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「合戦が決まった」
深々と礼をする頭にそう告げる。ぴたりと時が止まったかのように頭を下げたまま、彼女は暫く黙っていたが、ゆっくりと姿勢を正すとこちらを見る。 「御武運をお祈りしております」
そう言ってまた頭を下げる。
祈ってくれるのか?わしのために?
想像してみるが、しっくりこない。
「武運とは何だ?何を祈る?」
「…功名を」
手柄を立てればそれで構わないのか、と独りごちるように呟いた言葉は彼女には届かなかったようだ。
それならそれで構わない。
初めから分かっていた答えだろう?
何を期待していたんだ?
「留守居をよろしく頼む」
「はい、畏まりましてございます。全て兵衛殿に相談し、恙なきよう取り計らう所存にて」
「あぁ。出立は、10日後だ」
「はい。準備いたします」
もう一度頭を下げてから、ゆっくりとわしを見る。
その瞳がなぜだか気になった。まっすぐな視線はいつも変わらないというのに、なにか違うように感じられる。
自分の都合のいい妄想が見せる幻覚か?
都合がいい?
わしは、何がどうなって欲しいのだろうか?

何も不満などないだろう?と、自分に問いかけるが返事など出てきそうにない。

何より、まずは戦じゃな。

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