戦国の花嫁 ■■■02■


「わしが、どこでどうしようと気にも留めないのだな」
5日ほど彼女の寝所に訪れない日が続いたその朝に、椀を差し出す彼女に聞いた。 意味が分からないのだろう。黒目がちのクルミのような瞳を向けてくる。
余語殿にはお会いしたことがなかったが、おそらく同じ瞳を備えていたのだろう。 覇王として誉れ高かった憧れの武将。彼女は、その一族なのである。
人をかしづかせる事の出来る瞳だ。強く、輝きを見せるその瞳は、反らすことなど知らないとでも言うように、ただまっすぐわしを伺う。
「戯れ言じゃ。忘れてくれ」
結局、己が先に視線を反らす。高々、女子相手に何を怯むことがあるのか。

「殿は…、昨日は、一昨日から東湖院にて続いておられた会合に出席なされておいでと伺っておりました。昨夜も大変遅くお戻りとのこと、ご挨拶に伺うのもはばかられ、お伺いいたしませんでした。お許しください」
視線と同じように、淀みなく話す女子だと思う。女子というのは、もっと要領をえない、ただ愛らしいことを囁く存在だと思っていた。
これではまるで…。

「起きていたのか?」
「無礼ながら、転た寝を。しかし、殿が戻られたら報せるよう、傍の者に伝えておりましたので」
「そうか…、今後はわざわざ目を覚ますことはないから、ゆっくり休んでおれ」
「殿のお帰りをお待ちするのが、私の務めにございますので、お気になさらず」
ここで初めて、彼女は目を伏せた。
「わかった。あまり無理をするな」
これではまるで…、事務的な関係のようじゃないか。
そう考えて、思いとどまる。
祝言を挙げたが、わしが是非と望んだわけでもなく、もちろん、彼女もそうであろう。
仲人の薦め、引いては、我と我が一門繁栄のため、また、軍事的婚姻関係でしかないのだ。
だから、わし自身も彼女の事を深く探る気はなかったのだが…なんなんだ?この感情は。
わしの視線に気付いたのだろう、彼女は伏せた視線を合わせてくる。
まだ言付けが済んでいないとでも思っているのだろうか。

「そなたこそ」
「え?」
「不自由なことはなかったか?」
そんな事を口にした自分に驚く。彼女もそうだったのだろう、瞳を数度瞬かせ、意味を判じ兼ねながらも、こちらをじっと見据える。
「殿のお気遣いありがたく存じます。恙なく、過ごさせていただいております」
そう言って、礼を取るため視線を外した彼女に背を向けて、返事も早々わしはその場を立ち去った。
そうでなければ、視線を外せそうになかったし、これ以上何を口走るか我が事ながら分からなかった。

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