戦国の花嫁 ■■■05■


援軍の撃退の大手に回され、なんとか、戦に赴いた意義を感じつつ、帰路についた。
御館から賜った茶器の価値など、わしには分からなかったが、光栄な事だと思う。
戦の終わりと、己の成果を、俺は初めて文にしたためて送った。
母が亡くなってからは、共有する者もなかったが、今は違う。十分な成果を上げたわしを彼女はどう思うだろうか?
もらっていた文の内容も忘れ、わしはただ戦の興奮に浮かれていた。

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「お勤めご苦労様でございました。湯を用意しております」
変わらない言葉。
変わらない態度。
目線を合わせる事もなく、装束を解こうと添えられる手は、ひどく白いものに感じられた。

「そなたは、わしがどこで討ち取られようと、気にも留めないのだろうな」
開口一番、そう告げた己に驚く。
一体、彼女の何が不満なんだ?何一つ不満がないからか?戦場でもらった文を思い出す。
何も不平など言えようはずもなかった。

彼女と言えば、あの時と同じように、わしに視線を向ける。 綺麗な瞳だと思った。
改めてその瞳を見つめ、気付く。この瞳は、わしをかしづかせる瞳などではなく、わしを魅了する瞳だ。
「前にも、そのような事を仰せになりましたね。私が、殿のご予定を知る気がないのだと」
「あぁ…、わしがそれほど気に入らないか?わしに嫁いだは、悪運か?」
「殿は、此度の戦でも、功名を立てられました。そのような方の妻になる以上の幸せがありましょうか?」
至極真っ当な、武家の妻としての言葉。
どこまでもまっすぐな瞳。嘘偽りなど知らないとでもいうような澄んだ瞳。
一体何が足らないと言うのか?

出会った頃はそれで良かった。
けれど、今では、それだけじゃ物足りないんだ。

さびしかったと。
再び会えてうれしいと。
どこも怪我はないかと。
どのようにして功名をたてたのか聞かせてほしいと。
御館からの褒美は、どんな茶器なのか見てみたいと。
そんな事を彼女に言って欲しいんだ。
それを願ってはならないのだろうか?

「わしは、そなたでなくてはいやだ」
今度は視線を反らさないまま、強く言う。瞳の奥にある彼女の本心を一度で良い捉えてみたかった。
「勿体ないお言葉、うれしく存じます」
揺るがない瞳。
「それが本心なのか?」
一人ごちるように呟くと、彼女は初めて瞳をさまよわせた。考えるようにして、そのまま俯く姿は、否定しているようなものだ。
「殿の仰る意味が分かりかねます。夫たる殿に、かような言葉をいただけて喜ばない妻はいましょうか?」
「好いてもいない男に何を言われようと、何も感じないというのが、女子と言う者だろう?」
自分でも驚く程の声の大きさだった。
初めて会った日から今までこんな風に声を荒げて、どこか威圧的に接したことはあっただろうか?思い返しても、見つからない。
そんなわしに戸惑っているのは、彼女も同じだった。
わしの瞳をじっと見据え、思考を探る。
どんな事でも、きちんと己の中で考えてから、口にする。次から次へと何でも話したがる他の女子とは違うそんなところも、好ましく感じていたと言うのに、今は、もどかしくて仕方がない。
自分でも上手く思考を制御できない。
「それでも、夫になった方には、誠心誠意お仕えするのが、武士の家に生まれた女と言うもの。殿をご不快にしました事、反省し、改心いたしますので、どうかお許しを」
いつものように朗々と話す彼女に、言いようもない感情がわき起こる。気付けば、彼女を見下ろしていた。当然、彼女はわしを見上げている。
「そなたは、わしが夫でなくば、どう接する?わしが、そなたを思うても、気にも留めないのか?」
また瞳を戸惑わせ、ゆっくりと瞼を閉じる。そんな仕草さえ、わしの心をざわめかせるだけだった。
「改心するというなら、その心全てをわしに捧げよ」
背けた顔をこちらに向けてそう言うと、何か言おうとして開いた唇に己のそれを重ねる。

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