そして、自覚する ■■■44■

「なんだか、浮かない顔。また十郎?」
おばさんに言われて、きょとんとなる。
「幸いなことに、今日は十郎に会ってないよ」
「そう。じゃあ、どうしてかしら?」
「どうしてって?」
「ヒナちゃんがそんな顔するなんて、珍しいもの」
「どんな顔?」
「そうね…複雑な感情が入り乱れてる感じ?ヒナちゃんは、今まで色んな男の子と話があっても、そんな顔しなかったから…少し心配だわ」
「何?男の子って?」
「もう私には、娘同然なのに」
「私だって、そうだよ?と言うか、なんで今更」
「それは、十郎あってこその私たちの関係だもの。十郎が振られちゃったら、叔母と姪でしょう?」
「十郎を振る?どうして?十郎がそんな話を?」
「十郎じゃなくて、ヒナちゃんよ」
「私?十郎とのことは、戸野にも竹原にも良い話だもの。私としても、願ったりなことよ?反故にしたししないわ」
「ヒナは、いい子ちゃん」
「おばさんまで…。十郎の口癖だよ、それ」
「そうね。でも、その発言は、まさしくそれなのよね?心は、そんなとこにはないはずよ」
「私の気持ちを疑うの?」
「いいえ、昨日までのヒナちゃんには、少なからず、心があった。でも、見つけたのね、大切な人を」
おばちゃんは本当に鋭い。
押し倒されて、どきどきした。
私でさえ、よく分からない思いをすぐさま見つけ出してしまったんだろう。
でも、それは、勘違い。だたの反射。
「一体、誰かしら?ヒナちゃんみたいな頑なな子の心を溶かしてみせたのは。優しそうなマヤさん?昔の十郎に少し似てるもの。違う?」
「違うわ!なんでそうなるの?」
「浮かない顔の理由が聞きたいのよ。十郎以外の誰に、心を開いたのか」
「まさか。そんなのない、ない。ないよ。ってか、十郎にだって、幼なじみだし付き合ってたっていうか…」
「そうね。でも、十郎の事で一番傷付いてたのは、ヒナちゃんよ」
「腹をたててただけだよ」
「腹をたてるなんて、好きだからこそよ?」
「もうわかんない。十郎のことは…考えれば考えるほど、どう思えばいいのか、わかんないの」
「ヒナちゃん」
「ごめん…病み上がりなのに、怒鳴ったりして」
「ううん。あのね…親バカかもしれないけど、あの子は優しい子よ。いい子ちゃんのままだと思うの」
「それは…確かに、親バカね」
「そうね」
困ったようにおばちゃんは笑った。
母親ってすごいなって思った。どうしてそこまで信じられるのかしら?
私だって、信じたい。けど、今の十郎はあまりにも違いすぎる。

‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

おばさんの部屋を出ると、クモさんがいた。
何となく気恥ずかしくて、うつむく。
「サワ殿の調子が悪いのか?」
「いいえ?様子を見て、良さそうなら、畑に出るって言ってましたけど」
「そう。なんだか、落ち込んでるようだったから」
「そうですか?私が会ったときは、そうでもなかったですけど。おばさん、すぐに無理するから。もしかして、元気な振りしてただけ?」
「いや…サワ殿ではなくて、ヒナの事なんだが」
「私?」
「あぁ。今、サワ殿に会ってきたんだろう?何かあったのかと思って」
「いえ別に…」
そこまで言って思い出す。あの時、考えていたことを。
「言葉の割に、いつもの明るさがないけれど?どちらを信じたものか…」
「あの…私ってそんなに顔に出ますか?」
「顔と言うより瞳かな?ヒナの瞳はいつも身をよく捉える。今日はそれが少し弱いように感じたんだ」
「すいません…そんなつもりはなかったんですけど、不快にさせてしまってたんですね」
「いや、責めたい訳じゃないよ。不躾と言うほどの視線じゃないし…ただ身は見られることに慣れてないからか、気付いただけの事」
「はぁ」
「元気がないように見えたのは、身の気のせい?それとも、やはり気にしているのか?」
「え?」
「昨日のこと。やはり、脅えさせてしまったみたいだな。忘れてくれと言うのは、ひどく自分勝手かな」
言い訳を考えていたら、そんな言葉を投げかけられて、顔を上げれば、私を見つめる黒い瞳にかち合った。それは、深い淵のような黒さで、忘れてくれと言う拒絶の言葉とは結びつかないくらい、ひどく切なげな色をしていた。
「クモさんが、そうおっしゃるなら」
「いや、違うんだ。そうじゃなくて…、そうだな、こんな状況は初めての事で、なんと言えば良いのか見当もつかないんだけど。簡潔に言えば、ヒナに嫌われたくはないんだ。だから、そう…、ヒナに不快な思いをさせたのなら、申し訳がないと思うんだ」
そうじゃないって?
何が初めて?
何が言いたいの?
私に嫌われたくない?
不快な思い?
どれもが、今の私の思考に合わなくて、戸惑う。
私の頭はひとつの事しか考えられなくなって、心臓だってドキドキで止まらなくて、頭がおかしくなりそうだった。
だって、この気持ちは勘違いなのに!
「そんな事はないです。不快とか、全然、そんなんじゃないですし。本当に気になさらないでください。きっと表情が暗く見えるのは、昨日肌寒くて寝付けなかったせいだと思います。ところで、クモさんもおばちゃんのところへ?」
「あぁ。煎じ薬を渡しに」
「じゃあ、お湯とか用意して来ますね?」
「ありがとう」
クルリと背を向けて、ちょっと足早に、台所へ駆け込む。朝方起こした火種を確認して、鍋を置いて、息を吐く。
なんか…頬が熱い。
でもこれは意識しちゃってるからであって、恋心でも何でもない。そりゃ、この高鳴りは恋にだって変わるかもしれないけど、ただのきっかけ。始めようとしなければ、何にもならない。ただのドキドキだよ。きっとそうだと言い聞かせる。
しかし、そんなに私ってクモさんを見てるのかしら?
いや、見られるのになれてないって言ってたよね。どういう意味かな?
験者だから、御堂に籠もりきりで、あまり人と会ったりしてこなかったとか? そう言えば、薬師のお勉強をするくらいなんだから、修法を旨とする験者では浮いた存在だったとか? 綺麗すぎるから、遠慮されて、お友達がいなかったとか?
ホント、不思議な人ね。
ドキドキ感より謎が多くて、そっちの方が気になるな。
とか考えている内に、お湯は沸き立ち、私の心は相反して静かになった。

そうか、わかった。
クモさんは、心臓に悪い人なんだ。
私だけじゃない、まんべんなく、誰にだって、愛想が良いもの。
それに一々動揺してたら、私はだたの浮かれものだわ。只でさえ惚れっぽいとか言われてるのに。験者にさえ手を出したとか言うことになったら、一生の恥にさえなるかも。
クモさんは、ずっとこの土地にいる人じゃない。ただの通りすがりの験者なんだから。いなくなる人なんだから。
恋なんて、始めなければ、始まらない。
クモさんへのドキドキがたとえ恋の始まりだったとしても、捨てられる。勘違いだった、一時の気の迷いだった、ってそう思えるようになる。

だって、クモさんは、心臓に悪い人なんだから。

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