戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲2−2■


それからどれくらい経ったのか。
うとうとと微睡みの中、人の気配を感じ、その人が、私の額を撫でてくれているのだと気付く。
ぼんやりと目を開けると、あやめ殿がいた。
「体の調子を崩したのですか?」
お義母さまに許可を得るに至った経緯など話せるはずもない。 「いえ…そういうわけでは。…あやめ殿こそ。こんな時間にどうなさったのですか?」
「いや、母上に弓の稽古より大事なものがあるだろうと言われたんだけれど…よく分からないまま、戻れと言われ、ここに来たんだ」
「お義母さまに?」
私に睡眠を促し、頃合いを見て、あやめ殿をこちらに差し向ける…なんて、用意周到な方なのかしら。
強がって、寝ずにいたら良かった。そしたら、こんな気まずい思いをしなくても…。
「それよりあなたのことですよ。どうされたんですか?」
「え?あぁ…大したことではないのです」
「どこか痛むのですか?」
「いいえ。少し休んで…もう大丈夫です」
床から完全に起きあがり、あやめ殿に向かう。
よく眠った所為か、視界も思考も、最近とは比べものにならないくらいだ。何となく居心地の悪さを覚え、視線をずらすと、あやめ殿が溜め息をついた。
「…母上が別れ際変なこと言っていたんですよね。」
「え?」
「女の幸せがなんであるかをちゃんと考えろって、でも、それがよく分かんないんだよね」
首を傾げて、考える風のあやめ殿に何と声を掛けるべきか迷う。
「…、やっぱり無理させてる?」
あやめ殿の言葉にただ目を丸くした。
どうしたらそんな言葉になるのか。
「当たり?」
「いえ、そのような…あやめ殿の言葉が意外で」
「俺は、欲に正直で、気の使えない男ってこと?それとも…やっぱり兄者が良かった?」
「…あやめ殿。そのような仰り方をされると傷付きます。二夫に仕える事にはなりましたが、常に心は一つのつもりです」
「それは、ごめん」
「いえ。私はあやめ殿で良かったと思っているのですから。それだけは、疑わないで?」
「それじゃあ、なんで?女の幸せって何さ?」
「それは…」
「俺で不満はないんだろ?それに、俺の気持ちはもう分かってるよね。何が足らないのさ?」
「…家族」
「家族…って。栗谷の家のこと?」
「いえ…あの、そうではなく…」
「じゃあ、柏原の?母上はなんて?」
「言われたというか、激励を受けたというか…」
「は?」
「私はあやめ殿と夫婦の契りを結びました。柏原の家にも良くしてもらっています。でも…私にはもう血の繋がる近しい家族がいないでしょう?」
「…、子か」
「…うん。義母上さまの言う女の幸せとは、考え方が、違うかもしれないけど、結果は同じです」
そっか、そうだよな。とあやめ殿は、口許に手を当てて、考える仕草をすると、口を開いた。 「ねぇ、俺の胤が欲しい?」
「…なっ、あやめ殿!」
「俺はあなたに産んで欲しい。夫婦になったからじゃなく、あなたが愛しいから」
あまりにも強い視線と意志の籠もった言葉に私は泣きそうになって、言葉を発せられそうにもなかったから、あやめ殿に抱きつく。少しお行儀が悪いけど。
震えそうな声を何とか抑えて、耳元で囁いた。
「…私もよ」

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