戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲04■


敵国である栗谷の娘を理由に、お義母さまは厭わないと言う。
厭うには十分すぎる理由だし、むしろ、友好的にしようとする理由にはならないのではとさえ思えるのだけど。
堅苦しいのが嫌いなら、率直に聞こうと、口を開く。
「何故ですか?」
「敵味方など、殿方が決めるものでしょう?そんな事に従っていたら、疑心暗鬼で、楽しく話せないじゃない?」
「楽しく話す、ですか?」
「そうよ。女子は、他家に嫁いで、そこで男の子を生めば、何も言われない。あとは、気兼ねなく過ごしたいとは思わない?」
「一族の繁栄を、とは思われないのですか?」
「男の子を生む以上の事がなせると思うの?」
「…思えません」
「なら、悩むだけ無駄よ。あなたは、栗谷の娘。そして、柏原に嫁いで、生きていく。そうでしょう?」
「はい、そうです」
「それに、私だって、柏原の出ではないし。まぁ、高月殿の配下と言うのでは、柏原と同じ立場の家だけれど、私が生まれた頃には、そうではなかったのよ?」
「栗谷もいつかは、柏原と同じ立場になると言う事ですか?」
「それは、私の預かり知るところではないわ。でも、栗谷の殿は、義の方と聞いているから、寝返るとしたら、柏原からかしらね」
そして、また、お義母さまは、うふふと笑う。
柏原のあり方とか、国の状況とか、本当にどうでも良いことのように思っているのだと感じられる微笑みだ。違う、どうでも良いのではなくて、どうなろうとそのように生きていくと思っているんだ。その中で、楽しいと感じられるように生きる方なんだ。
ほっと肩の力が抜けた気がした。
「夫や高月殿が何を言うか知りませんが、あなたは、私の娘。安心なさいな」
にこりと笑うその表情は、何故か、故郷の母に似ていた。面立ちは、全然違うけど。母親って、誰にでも安心感を与えられる存在なんだろうか。
「私が口出す前に、行護が激昂するから、私の出番はないでしょうけどね」
行護殿。
まだ会った事もない、文だけのやり取りをした方。
私だって、その人となりを知らないというのに、行護殿は、私を守ってくれるのだろうか?
その姿が、どうしても思い描けない。
「行護はね、あなたからもらった文に、ひどく感激してね。一字一句読み聞かせてはくれなかったけれど、嬉しそうに、私の所にまで報告に来たわ。うちの息子達は、父親に似たのか、武芸の事しか頭にないから、浮ついた話なんて噂でも耳にした事なかったのによ?」
「私の文?」
「そう。ウミが見えると聞いて、心強く思います、とか何とか書いたでしょう?」
「はい」
「どうしてだか、心強くするのは、自分だと思い込んじゃったみたいよ、あの子」
「え?」
「それってどうなのかしらって思ってたんだけど、あなたを見て安心したわ。文通りの…いいえ、あの子の思い描いた通りの花嫁ですもの。きっと上手くいくわ」
にっこりと笑ったお義母さまに、私は言葉が継げない。何をどう言ったらいいのか、見当も付かなかった。
…とにかく、行護殿は、私を花嫁として迎える事に異存はないって事、よね?

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