戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲13■


もう日が沈む頃とは言え、あの泣き様だ。部屋に閉じ籠もっているかと思ったが、客間の簀の子縁に座り込む姿を見つける。
その視線の先にあるのは、兄者が植えさせた紅梅。
「体を冷やしますよ」
そう言って、自分の羽織を掛けてあげるのは、これで何度目だ?
二、三度って数ではない、その回数分、彼女は兄者に思いを馳せ、そんな背中を俺は見つめているってこと。
「あやめ殿」
本当に今気付いたと言う風に、俺を見上げ、礼を言う。
最初は、反対に俺が寒くなると固辞していたが、鍛練してればこれくらい寒くないとか自分でも意味わかんない理由に納得してくれたのか、説得を諦めたのか、それについて口にする事はなくなった。
少し目元が赤かったけれど、存外明るい表情をしていたから、ほっとした。
彼女もそのことに触れるつもりはないのだろう、もう一度礼を口にして、紅梅に視線を戻した。
「やはり咲きそうにないですね」
「え?」
「梅の花です。植え変えると、一年は、咲かないものだと聞いたことがあります。でも、もしかしたら、って思ってたんですけど…」
「見たかったですか?」
「せっかく、私のために、と言うものですし…。でも、本当に、よく見つかりましたね」
「え?」
「違いましたか?行護殿の文に、京にいる弟殿にその手配を頼んだからとあったのですが、早とちりでしたか?」
「いえ、そこまでご存じとは思わなかったので」
「ありがとうございます。嬉しかったんです、行護殿の心遣いとそれに協力してくださる弟殿がいることが」
「俺のしたことは、大したことじゃありません。京には沢山銘木があったから、選びに少しばかり時は要しましたけど、楽しかったです」
「あやめ殿も、この紅梅がお好きなのですか?」
俺“も”、と言うことは、彼女も、この紅梅が好きらしい。
数ある種類から彼女の好きなものを選べたことに、自然と笑みが浮かんだ。
「えぇ。赤が鮮やかで、凛として、良い梅ですよね」
「はい。私も、そう思います」
「気に入ってくれたようで、よかった。もう一つの紅梅とどちらにしようか悩んだんですよ」
「なぜ、両方とも紅梅だったのですか?」
「え?…うーん」
何故、両方とも紅梅なのか?確かに、そうだな。
初めに、兄者から、エツの国の産で、庭先に植える良い花木を知らないかと問われた事から始まったんだよな。
で、いくつか、候補を上げて、兄者が、梅にしようって決めて…。紅梅に決めたのは、俺だった。
漸く、その理由を思い出す。
「花嫁は、エツの国の姫と聞いていたから、エツの国は、雪がよく降ると聞くし、それなら、紅梅が似合うと、思ったんです」
驚いたように、彼女が目を見開いた。
何か可笑しな事を言っただろうか?
「エツの国の者としては、その物言いは、心外ですか?」
「いいえ。エツの国の梅は、紅白どちらとも、多く京の方々に好まれていますが、雪のよく降るエツの国には、その白さを連想させるので、エツの梅と言えば、白梅と思われる方もいるのだと、聞いた事があったので、少し驚いてしまいました」
言われてみれば、白梅の方が有名だと、庭師にも言われたっけ。
「ここも、豪雪と言うほどではないけど、それなりに降るから。その感覚のお陰かもしれませんね?」
「雪が?だったら、とても綺麗に咲いてくれるんでしょうね」
にこりと目元が弧を描く。綺麗だなと思った。
思い描くように、梅に視線を向けた彼女の姿に、俺もその鮮やかな咲き誇りを想像してみる。
どこまでも白い世界に、鮮やかな赤は、見事だろうが、庭師は、雪が降るほど咲き誇るなんて、そんな説明をしただろうか?
「寒いほど、綺麗に咲くんですか?」
「雪がないと、少しばかり赤がきつく感じられる花らしいんです」
もう一度、想像してみる。確かに、赤いかもしれないな。
「なるほど。あの鮮やかさは、得てして、きつく強い印象を与えてしまうのかもしれませんね。けれど、雪が、全ての景色を白く染める中、鮮やかに赤く花開く様はやはり見事なものでしょうね」
「えぇ」
「まるで、何物にも汚されることのない気高い志のようで、そのように生きられたらと。実を言えば、兄者のようだなと思って、この梅にしたんです」
「行護殿のよう?」
「俺にとって、兄者は、誰よりも強く、勇敢で、憧れだった。決して、己の心情を曲げたりせず、どんな問題にも真っ正面から立ち向かっていく人だった」
「そうだったんですね」
梅を見つめていた瞳が、遠くなる。
兄者に思いを馳せているんだろう。
そう、兄者だけじゃない、彼女も、兄者を思っているらしい。見た事も会った事もないのに、二人の間に一体何があったと言うのだろうか?やはり、祝言を挙げるはずだった相手というのは、特別なんだろうか?
なぜだろう、その姿を見ていたくなくて、俺は、口を開いた。
「僕の方は、そんな感じで楽しく選びましたが、兄者の方は、手こずってたみたいですけどね」
「手こずる?」
「戦を控えているのに、京に人足などやれるかって、父や家臣たちに、家令にさえも窘められた、とか」
「そのような…」
「まぁ、そこは、兄者の人徳だったんでしょうね、結局、六人寄越しました。三日粘った末のことだったそうですけど」
馬鹿げたことを、と笑ってくれると思ってた。けれど、笑うことも、まして、返事することもなく、彼女は俯いて押し黙ってしまった。
何でだ?気に障ることでも言っただろうか?と考えていると、思い詰めたような瞳がこちらを見る。
「もし、その六人が、此度の戦に向かわれていたら…いえ、なんでもありません」
あぁ、そう言うことか。
兄者の無事を祈っていたのは、何も、俺たち家族だけではないんだよな。
「その六人は、城内の豪農の倅で、武士ではありませんよ。それに、兄者が、自分の責任でやったことだ。あなたが気にされることは何一つありませんよ」
「そうでしょうか?」
「えぇ」
笑顔を浮かべて、肯定してみるが、実際、自分はどう思っているのか?
彼女と言う存在がなければ、兄者があそこまで無理をすることにはならなかったのではないか?
だとするのなら、俺は、彼女を許せるのか?と自分に問いかける。
でも、答えは見つからない。

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