戦国の花嫁■■■亡国の紅梅 湖国の菖蒲14■


約束の紅梅を選んだのは、あやめ殿だった。
行護殿ではなかったのだと知り、好みを知っていたのかなんて頬を染めた自分が恥ずかしくなるが、でも、選んだ理由を聞いて、驚かされた。

「あやめ殿にお会いになられたのですか?」
その言葉に、羽織を返し忘れた事に気付く。随分と長く話し込んでしまったが、体を冷やしてないだろうか、と今更心配するけれど、きっとあの大人びた笑みを浮かべ、大丈夫だと言う姿が思い浮かぶ。
あえて口にされなかったけれど、今朝方の私の取り乱し様を気遣って、様子を見に来てくれたのだろうと思う。 あまりの恥ずかしさに、どんな顔をすれば良いのか分からずに、慌てて話題を探した私を何と思っただろう?いつもと変わることなく、にこやかに会話を続けてくれたのには、安心したけど、果たしてそれは、元服前の童がとれる振る舞いなんだろうか?
花一揆だったからなのか、あやめ殿だからなのか、とにかく、見た目との差がありすぎて、時々、年下であることを忘れてしまう。
「随分と取り乱したから、心配をお掛けしたみたい」
「私も、どうしたことかと思いましたよ。あのように泣いて帰られるとは思いもよらず、いっそ、あやめ殿に説明を願おうかと」
「私が勝手に泣いただけよ。どうであれ、あやめ殿になどと思わないで。トワが罰せられたら、私は本当に一人になってしまうわ」
「姫様」
「あやめ殿は、お優しいから、叱ったりなどされないでしょうけどそれに甘えてはいけないわ」
「えぇ、承知しました」
乳母のトワは、下の兄の乳母の一人だった人で、私が生まれる前から私を知っている。お母さまより、私に近くて、いつも見守り、良いことは自分の事のように褒め、悪いことは鬼のように叱ってくれる。叱られた回数は、何倍も多いのに、何故か、優しく撫でられた温もりの記憶は、しっかりと私の心に染み込んでいる。トワがいる、それだけで、一人じゃないと思えた。私にとっては、約束の紅梅と同じ、故郷の仲間。
「あやめ殿も、あの紅梅がお好きだそうよ」
トワは、首をかしげる。
「行護殿が、用意されたものでは?」
「手配をしたのは、あやめ殿なの。京にいらしたでしょう?」
「姫様の趣味をお聞きにでもならない限り、選ばれないような、あまり名の知れぬ紅梅でしたので、いぶかしんだものですが…行護殿ではなく、あやめ殿の趣向だったのですね」
花一揆を勤めたあやめ殿に対するトワの評価は、断然高かった。これで、行護殿が選んだ、と告げれば、エツの産と言うことで、適当に選んだのでしょうよ、とでも言ったに違いないから、その姿を想像し、苦笑する。
「あの赤さが、行護殿に似ているから、と選んだそうよ」
「行護殿に似ている?」
「そう。柏原も、雪が多く降るのですって。来年は無理でしょうけど、咲くのが楽しみね」
咲く様を、もう一度想像してみる。
凛として、何者にも負けない気高さを象徴するような赤。それに意志の強さを感じていた私と同じ感覚を、あやめ殿は持っていた。エツを知らない人とでも、共感できるのだと分かり、嬉しくなる。
そして、強く、勇敢であった行護殿。その二つが、似ていると言ったあやめ殿。だとしたら、この紅梅が好きな私は、行護殿をお慕いする事ができたのだろうか?
ふとそんな考えが思い浮かぶ。
約束の紅梅は、私が故郷を偲べるようにと、行護殿が用意してくれた紅梅で、あやめ殿が選んだ、行護殿を偲ぶ紅梅。そして、私が好きで、あやめ殿も好きな紅梅。
もう故郷を思うだけのものではなくなっているのだなと感じた。

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