戦国の花嫁■■■最果ての花嫁02■


ひとまず、戦は終わり、捕らえられたエミシは、ムツ軍が駐屯する村へと移った。
依然として、娘は、あの男のそばであったが、ムツの暮らしぶりを見るにつれ、なんと豊かなことかと感心するばかりであった。

そんなある日の事。雑草取りに夢中になっていた娘の許に、ムツの若者がやって来た。
「軍師が面倒を見ると言ったエミシって、あんたかい?」
「軍師?」
「なんだ、知らない?奴が、我が軍の軍師殿だよ」
「あなたは?」
「俺?俺は、秀家。あいつの又従兄弟」
「又従兄弟…」
「それで、あんたは?…って、エミシは名を名乗らないんだっけか」
「エンジュ。皆からはそう呼ばれている」
「エンジュか。…まぁ、分からんでもないか」
じっとりと舐め回すように、視線を向けられ、娘は、少しむっとする。
「何が?」
「軍中の噂だぜ。女好きの軍師殿が、男に目覚めたって」
「なっ、そんなんじゃない」
「恥ずかしがることはないさ」
じゃあなんで、軍師のところにいるのか?と添えられて、娘は、答えられそうにもなく、秀家の発言に頷くしかなかった。

それから、暫くして、帰ってきた男は、ひどく立腹しているようで、娘はやってしまったな、と思った。
「全く、何を言ったんだよ」
ようやく一人前だなとか、意味の分からない事言われるんだけど…もう十分男だっつーの、と男は不機嫌そうに言う。
「何も言ってないよ。ただ…頷いただけ」
「何の質問に頷いたわけ?」
「…軍師が、男に目覚めたって」
ありえないだろっ!と叫ぶと、男は、娘を見遣る。
「でも、どう答えれば良かったの?」
「違う、とでも言えばいいだろ」
「じゃあ、どうして、軍師のところにって聞かれるわ」
「適当な理由をつければいいだろ。怪我をしたからとかさ」
「じゃあ、軍医に見せようって言われるわ」
「手当ては、俺がしてくれたとでも言えばいいだろ」
「軍師が手当てして、それで済むような怪我なら、普通の捕虜と同じ扱いを受けるはずよ。理由にならないわ」
「なら、医者には見てもらったと言えばいいだろ」
「そんな嘘、あっという間にばれるわよ」
息も吐かせぬ勢いで、二人は言葉を交わした。
「嘘をつくなら、ばれないもののみを使うべきよ」
「で、あんたのついた嘘は、ばれないものだったってこと?」
「だって、そうでしょう?私と軍師の二人だけのことなんだから。他の人が知りようないわ」
「確かにね…でもさ、俺の人格は、どうなるわけ?」
「え?」
「俺が、男をどうにかする?考えるだけで、虫酸が走るつーのっ」
「どうして?ムツの男は、男も女も気にしないって、聞いたわ」
「そういう奴も中には、いるって事だよ。俺は、女子にしか興味がでないね」
「…それは、ごめんなさい。軍師にとっては、不名誉なことだったのね」
一瞬にして、しょげかえる娘に、男はため息をひとつこぼした。
「まぁ、いいよ。人の噂もなんとやらって言うし。ところで、その軍師って言うのは?」
「教えてもらったの。あなた、軍師だったのね」
「誰に?」
「軍師の又従兄弟よ。秀家と言っていたわ」
「やっぱ、あいつか」
「何が?」
「なんでもない。怒鳴って悪かったね」
「え?あぁ、うん。こちらこそ、ごめんなさい」

≫次へ■■■

inserted by FC2 system