戦国の花嫁■■■天下人の種07■


「ところで、どこへ行くつもりだったの?」
お義母様が、急に私に話を振る。
「はい、お義母様のところへ、朝の挨拶をしようと」
「そうだったの。…それだったら、則房は、どうしたの?」
ぎくりとする。
則房は、どうしたの、か。
それは、私が聞きたかった。
「若様は、朝早くから、射場にいるようですよ。流石の日課も、今朝ばかりは休むだろうと油断していた当番の者達が慌てふためいたとか」
私の疑問は、なんのその、輝宗殿が、すらっと答えを口にした。
「射場に?なんて子かしら、後朝に花嫁を放っておくなんて」
お義母様は、いかにも、憤慨って感じの表情をして、私をちらっと見て、言った。
後朝でもないんです、とは絶対に言えない。曖昧に笑った。
「すぐに私のところに来るように伝えなさい。少し叱ってやらねば」
「お義母様、そのような…」
「遠慮はいりませんよ。祝言を挙げた時から、あなたには、あの子が頼りになったのですから」
さあ、早く呼んでいらっしゃい、とお義母様は、輝宗殿を急かした。


お義母様の部屋に移って、どれくらいか、さほど時を置かず、輝宗殿と共に、殿は現れた。
ちらりと私を見て、座すと、一礼して、お義母様を見る。
「母上、お呼びでしょうか?」
「お呼びでしょうか、ではないでしょう?一体、どういうつもりなのです。後朝に花嫁を一人にするなんて。それに、朝の挨拶は、二人で来るのではないのですか」
お義母様の剣幕に、殿は少し困惑の表情を浮かべた。再び、私をちらりと見る。
「それは…思い至りませんでした」
「何です?思い至らない?全く…ようやく身を固めたと思ったら、何なのかしら?弓の鍛練も結構ですが、少しは女心を理解する努力もなさい」
「以後、気を付けます」
「さあ、あなたからも、何か言っておやりなさい」
「いえ、そんな…殿には、殿の考えがおありなのだと思います」
殿の考え。
それをはっきり知りたい。
殿にそれとなく視線を向けるけれど、深更の瞳は、何も語らない。
「まあ、聞きましたか?なんて可愛らしい事を言うのでしょう。こんな花嫁を大切にしないなんて、バチが当たりますよ」
「心得ました。…ところで、母上、父上にも挨拶に参ろうかと思うのですが」
「そうね、それが良いわ。二人仲良くして、殿を安心させて差し上げて」
満足そうに深更の瞳を和ませ、にこりと笑ったお義母様を後にして、部屋を去る殿に続いた。


「母上に、何か告げ口でもしたの?」
お義母様の部屋から少し離れたところまでやってくると、殿は立ち止まり、私の方を振り向いて、言う。その瞳は、確かにお義母様と同じ色をしていると言うのに、ただただ冷たく、なんの感情も感じられない。
しかし、告げ口と言うのは、昨夜の一連の事についてを指してるのだろうか。
たった一夜、子種をいただけなかった、ただそれだけで、義母に縋る事を考えるとか、そんな事、余呉の娘の名が廃る。
そんな風に思われる事すら、不快だった。
まあ、実際、実家に帰ろうとか、ちょっとでも頭の隅に浮かんだりしたのでは、あるけれど。でも、考えただけで、誰かに言ったり頼んだりなどは、するはずがない。
「そんな事するわけありません。ただ、朝の挨拶をと申し上げただけです」
「そう?それならいいんだけど」
「殿こそ、お義父さまに挨拶をとは、どう言う事です?」
義母への挨拶ならともかく、義父になどとはあまり聞いた事がなかった。この家独自のしきたりなのだろうか?
「別にどうと言う事はないけど、母上の話は終わりがないからね。ああでも言わないと、一日が暮れてしまうから、ただの方便。面倒だけど、さっさと行くよ」
私の返事を待たず、殿は歩いて行く。慌てて、それに続いた。

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