戦国の花嫁■■■天下人の種12■


そもそも、今をときめくお館様の五の姫の夫に、なんで僕が選ばれたのか、未だに訳が分からないけれど、お館様からの直々のお達しは、ぐずぐずと煮え切らない僕にはちょうどいい強制力だった。
先述の通り、僕の意志なんか、そっち退けにして、疾風のようにしてやって来た妻を、わが一族は困惑しながらも小躍りして、その勢いのまま、祝言の運びに持っていった。そうして迎えた祝言の中、そっとこちらを窺う気配がしたけど、気付かない振りをして、僕は、ただまっすぐ前を向いていた。女子の視線をない事にしてしまえるのは、僕の特技と言ってもいいだろう。…誇らしくも、なんともないが。
そして、はっと息を飲む空気が伝わる。
その瞬間、僕の中で、この祝言に対する期待が、儚く散った。
ああ、この女子も同じなんだと、少し悲しくなった。きっと、僕をあの瞳で見つめているに違いなかった。
今をときめく、あの御館さまの娘御なら、僕のこんな顔でも、平然としてられるのではないかと、心のどこかで思っていたのだと気付かされる。
けれど、どんな女子であろうと、僕は綺麗なモノでしかないのだ。
妻を抱く義務?そんなの、妻となろうが、女子は女子。
そうして、祝言を終えた僕は、あの瞳を克服出来ないのだと諦めて、初夜の床に向かった。

君子危うきに近寄らず。
触らぬ神に祟りなし。
雉も鳴かずば射たれまい…これは、違うか。
でも、どれも、僕を導いてくれるかのような諺に思えたので、先程同様、見えてるのに見えない振りをして、事を荒立てないようにして、床に就いた。
その後は散々な結果になって、最後はゴリ押しで寝た振りを決め込んだわけだけれど、当然眠れなかった。
もちろん、あんな所を他人に握られたのが初めてだったから、ではない。…まあ、それも、僅かばかり影響しているかもしれないけれど、それよりも、なによりも、僕は信じられなかった。

何なんだ、あの瞳は!
いや、別に、普通の栗色の瞳でしかなかったんだけど、あまりに普通過ぎて、身体中に衝撃が走った。男にでさえ、あんな種類の瞳を向けられた事がないんじゃないか?握られた事による動揺のせいで、僕の目がおかしくなったんじゃないかと疑ったけれど、どう目を凝らしても、妻の瞳は変わらない。

なんと、寝所で待っていた妻は、僕を綺麗なモノとして見る、あの種類の瞳を全くしなかったのだ。
じゃあ、祝言でのあれは何だったのさ?だって、あんなに驚いてたじゃない!それとも、僕の女嫌いを知って、寝所では、わざと何でもない風を装ったんだろうか?どっちが、本当の妻なんだろうか?
ひとりで、ぐるぐる考える。
でも、今思い返しても、どうしたって、祝言の妻と初夜の妻が、繋がらない。その後の妻も、僕の見る限りでは、いつだって、まっすぐと僕を捉えているらしかった。
稀有とも言える、僕の苦手な、あの瞳を持たない女子。
だったら、万事解決!と来るところなんだろうけれど、膨れ上がった女子に対する積年の妄想も、若々しい欲望も、そんな彼女の前には、大した主張も見せる事はなかった。
綺麗なモノを見つめる、あの瞳を向けさえしなければ、何の躊躇いもなく、女子をこの腕にできると思っていたけれど、そう簡単なものではないらしかった。


普通過ぎて、空恐ろしい。むしろ、縮む。
そんな風に思う僕は、武士失格だろうか。

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