戦国の花嫁■■■天下人の種16■


少しばかりの静寂の後、輝宗殿は、苦笑を一つ落とすと、傍にあった階に腰を下ろす。
「ここは、屋敷の中でも、割合人気のない辺りで、その気になったら、ひょいっと連れ込みやすい場所なんですけれどね。…それに、俺だって、何も、夜毎欲求不満を抱えてるわけでもないのに、こうして、また、狙いをすましたかのように、お目にかかるとは、奥方さまは、こちらの方面に、よほど興味がおありのようですね?」
またしても、怒る事なくそう告げられる。
一人になりたかったせいで、こんな状況になるくらいなら、部屋から庭でも見て、気を紛らわせれば良かった。後悔先に立たず、でも、輝宗殿の存在を少しでも思い出せば、外に出るのを躊躇ったかもしれなかった。
「そのような…。ただ、ちょっと間が悪い…だけです」
「まあ、どちらでもいいですけどね」
自信のある殿方の態度とは、こういうものだなと思う。
でも、なんで相手が、女子ではないのだろう。しかも、前回とは違う相手だった。
実家では、殿方と接触しない日々を送ってきたとはいえ、その手の噂は絶えず耳に入ってきていたから、それほど珍しいものとは思わなかったけど、それにしたって、
「あの…輝宗殿は、その、生産性がないとは思わないのですか?」
ずっと、その手の人に聞いてみたかった事を口にする。
「うーん…確かに、どんなに手を尽くし、体を駆使して、頑張ったところで、何も生まれませんね」
私の言葉に、輝宗殿は驚いたように目を瞬かせると、考えるようにして、瞳をぐるりと回してから、破顔すると、なるほど、面白い事を言いますねと、うんうんと素直に頷いてくれる。
私はと言うと、手を尽くし、体を駆使する…その姿を想像してしまいそうになって、慌てて、頭を振る。いけない、輝宗殿の雰囲気に飲まれている。
「ですが、輝宗殿ほどの殿方なら、女子が放っておかないのではないのですか?」
「女子が?あはは…女子ね。昔ならいざ知らず、今となっては、この俺に近付こうと思う女子なんて、この屋敷にはいませんよ」
え?何?近付こうと思う女子がいない?それって、どう言う意味なの?
笑みを向けられ、何となく笑みを返した。深く聞いてはいけないと、本能が言う。
「そう言えば、久々かもしれないな。こうして、二人きりで、女子と話すなんて」
ああ、義妹は、女子には入らないかもしれませんね?と、また笑う。
「でもね、生産性はなくても、あれはあれで、味わい深いものがあると言うか、なかなかに奥深いものがあると言うか」
「それは、女子より素晴らしいものなのでしょうか?」
輝宗殿ほどの殿方だ。女子では味わいきれなかった、女子にはない快楽を楽しまれているのかもしれない。女子?そんなもの飽きたね、ってくらいなのかもしれない。
「女子ねえ…女子か。まあ、すごく良いらしいって言いますよね」
良いらしいって言いますって?え?何?つまり…
「女を知らないのですか!?」
思わず、声が裏返る。
それって、それって!
「全く、奥方さまは、歯に衣着せぬ物言いをなさる」
ああ、すみません、言葉が過ぎました。とても天衣無縫なお方ですね、とまたにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
どうも、輝宗殿の前だと調子が狂う。誰の前でも、訓練に訓練を重ねた武家の娘に相応しい振る舞いを崩した事はなかったと言うのに。
良い男だと思うからだろうか?少しは緊張してるのかもしれない。
そう、こんなに良い男なのに…。
良い男なのに。
良い男なのに!!
真性の男色家だなんて!

まさか、この屋敷は、男色の巣窟なのではないのか?
男にしか興味のない兄に、妻を抱かない弟。
絶対に変だ。異常だ。こんなの間違ってる。

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