戦国の花嫁■■■天下人の種28■


逡巡の後、僕は、重い足取りで、ある人の許を訪ねた。

「あのさ、その…話があるんだ」
ぼそりと呟くように言う。
僕が聞きたいのは、対女子についての事。どう考えても、人選が間違っている。だが、他に思い浮かばないのだから、仕方がない。
困った時は、兄者。
それが、僕の決まり事だった。
「なんだい、弟よ」
読書をしてた兄者は、顔を上げると、僕の心中を察したのか、冗談めかして、返事をする。
これも、いつものことだ。
そして、僕が、もじもじと話題が切り出せないのも、同じだ。
「しかし、ようやく年貢を納めたんだな」
「へ?」
どうやって言い出そう、そればかり考えていたら、兄者がそう言った。
年貢?僕は、納められる方の立場なんだけど。
「気分さっぱり、熟睡したって顔してる」
にやりと人の悪い笑みを浮かべるから、僕は戸惑った。
兄者は、野生の勘が異常に鋭い。
でも、ばれてたんなら、それはそれで良いや。
「まあね…ここのところは、ぐっすり眠れるようになったよ」
「お前の心が休まるなら、恩愛と恋情をごちゃ混ぜにしてても、それで構わないと思っていたんだが。そのトヨの事で、まさか、花嫁に拒否反応を示すなんてな。もっと早くに教えてやっとくべきだったと、少し後悔した」
「あ、えと…トヨの事は、その」
トヨといい、兄者といい、なんで、僕より僕の心を理解してるんだろう。
「トヨは、言っちゃあ悪いが、十把一絡げだからな。あんな綺麗な姫さん貰ったんじゃ、トヨの事なんて、二の次になるわな」
「別に…その、顔に惚れたんじゃ…ないよ」
「そうか?まあ、中身も良い女子だよな、あの姫さん。さすがは、御館さまの娘御だと思ったよ」
良い女子。
ちょっと、あれな部分も頭を過ったけれど、僕は頷くしかない。
「うん」
「しかし、これで、あの姫さんも、夜な夜な徘徊しないで済むわけだ。これで俺も安心して、口説くのに集中できる。めでたし、めでたし」
「口説くって、誰を?!」
「誰って?」
思いも寄らない言葉に、目を剥く。兄者は、驚いたように僕を見返した後、おかしそうに笑った。
「ああ、違う違う。そんな顔で睨むなよ。男の嫉妬は、醜いだけだぞ?」
「じゃあ、誰を口説くって言うのさ」
「うーん、佐一郎はこの前、姫さんに邪魔されたしなあ。あれ以来、視線が合うだけで逃げられる始末だし。ようやくその気にさせたのにな…そうだなあ、次は、久々に由兵衛にしようかな」
兄者が、男と云々している事は、屋敷どころか、領内、いや、近隣の国でも有名だった。でも、兄者と面向かって、実際にそんな話をした事はなかったから、かなり動揺する。
しかも、上がった名前は、よく知っている人物だったし。そうか、あいつらもその口だったのか。…いやいや、深く考えるな。そこは、重要じゃない。
「邪魔って、何?」
「何って、楽しい逢瀬を邪魔されたに決まってるだろ?」
「邪魔?なんであいつがそんな事するの?!」
「そうだなあ…本人曰く、間が悪いだけ、らしいぞ」
「間が悪い?」
意味が分からなかった。
兄者の逢瀬を邪魔した。
それってつまり、兄者が他の誰かと云々するのが嫌だったって事?
それってつまり、あいつは、兄者の事が好きって事?
「あー、なんだ、お前の考えているような、兄弟入り乱れる、どろどろの三角関係とかじゃないから、安心しろ」
「じゃあ、どういう事?」
「それは、お前がいつまでも煮えきらなかったから、悪いんだろうが」
「え?僕?」
「さっさと床入りしてりゃ、姫さんが、出歩く事もなかったって事だよ」
「でも、出歩いてたからって、なんで、兄者のところに行くのさ」
「そんな事、俺に聞かれても、知るか。…まあ、俺は良い男だから、自然と女子を惹き付けるのかもしれないな」
にっと笑って見せる兄者に、僕の胸はぎゅっと締め付けられた。
確かに、兄者は、良い男だ。男も、女も、みんな、兄者を、勇ましい武者として見つめる。異腹とは言え、兄弟とは思えなかった。何度、羨ましいと思った事か。
その姿に、あいつも、惹かれていたんだとしたら?いや、直接聞いたことはないけれど、あいつは、兄者のような勇ましい姿の男が好みなのだ。きっと惹かれていたに違いない。
好き、と言われた言葉が、一瞬にして色褪せる。
体を委ねてはくれたけど、僕の思う好きとは、違うのかもしれない。
子種、子種って、煩いし。
あいつは、僕の思う気持ちのどれだけを持ってくれているのかな。僕が想像するより、ずっと少ないのかもしれない。
胸が苦しい。切ない。押し潰されそう。
もう泣きそうだ。

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