戦国の花嫁■■■天下人の種後日譚05■


「二つ身になったら、一緒に、余呉の父を訪ねましょう。坊やを天下人だとお教えするの。きっと喜んでくださるわ」
「まさか、そんな事、できるわけないよ!」
口を突いて出た僕の叫びに、あら、どうして?と、いつもの、あの、本当に不思議だと言う表情付きで返されたから、言葉に詰まった。
余呉の父、つまり、妻の実父であり、僕にとって、義父に当たる方は、今一番、天下人に近い場所にいる。て言うか、事実上、天下人だ。
そんな天下人に対して、天下人を紹介する?
…何それ、喧嘩売ってんの?
娘のお前ならともかく、一家臣の、しかも下っ端の僕なんて、良ければ切腹、悪ければその場でお手打ちだろうよ。いや、あの御館さまの事だから、手ずから首を落としてくださるかもしれない。
「なんでって…謀反の罪で、死は免れないと思うよ」
「まあ!いくらお父様でも、可愛い娘の婿殿を無闇にお手打ちにはなさらないと思うわ」
「無闇だろうか…いや、立派な翻心じゃないかな?」
「えー、そうかしら?」
ぼんやりと考えるようにして、暢気に返される。どうやら、妻は、恐怖の権現である御館さまのお膝元で育ったと言うのに、あの、義父殿の恐ろしさを知らないらしい。まあ、義理とは言え、類縁になった僕はと言えば、未だ、そのご尊顔を拝した事はないから、噂や事実しか知らないのだけれど。一度だけ、笹が原の戦いの後に行われた首実検の時に、お声だけを聞いた事があるが、噂を気にしすぎたせいか、腰を抜かしそうになるくらいの恐怖が体を突き抜けたのを思い出し、また怖くなった。戦場でだって、あんなに武者震した事はない。僕だって、曲がりなりにも、武士の端くれ。それなりの度胸や豪胆さは持ち合わせているつもりだったのに。
「でも、家を発つ日に、約束したんです。天下人を産んでみせる、と」
思ってもみない、妻の発言に、ぎょっとする。
え?天下人を産んでみせるって?
「なに、つまり、御館様にも言ったの?それ」
「ええ。笑いながら、楽しみにしていると仰っていたわ」
やはり、天下の御館様でも、娘を持つ普通の父親なのかもしれない、と思い直す。孫可愛さに、娘の戯れ言(本人は真剣そのものなんだけど)を聞き流してくれるかもしれない。
殺されずに済む、だろうか?
「ああ、でも、私以外が、そんな事を口にしたら、即、首を落とすとも仰っていたかしら」
それって、昨日の晩御飯の内容を思い出す、そんなのんびりとした雰囲気で言う言葉だろうか?
何だって?即、首を落とすって?
やはりか!思った通り、切腹じゃなく、打ち首だよ。武士らしく死ねないね。しかも、身に覚えのない謀反の疑いで!
「でしょう?だから、やめておこうよ」
「あら、なぜやめるの?」
「何でって…その言い振りじゃ、僕が、どんな考えを持っていたとしても、お手打ち間違いないじゃないさ」
「そんな事ないわよ。口にしたら、首を切ると仰ったのよ?つまり、口に出さなければ、いいのよ。だから、殿は、私の横で、じっとしていれば、いいのだわ」
至極真面目な顔をして、妻は言う。
おい、それは、何の詭弁だ。
そして、詭弁の通じる相手だとでも思っているのか。
嫁に行った娘が、婿と孫を連れて帰ってきて、天下人である自分に、孫を天下人だと紹介される。それって、どう考えても、何度考えようと、どんなに楽天的に見積もっても、やっぱり、婿に翻心ありって事にしかならなくないか?口を開く、開かないの話じゃないよね。
父娘と言うのは、こんなにも甘い関係を築くものなのだろうか。少なくとも、うちの姉妹達に、親父はここまで甘くはなかったはず。

迫り来る臨月に、僕は、身震いした。


■>後日譚06■■■

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