戦国の花嫁■■■無声の慟哭02■


「なぜ、承諾なんてしたんだ!」
やはり、来るのね。
いつも、人気のない時を見計らったように現れる。いや、あいつの事だ、何がしら握らせて、人払いをしているのかもしれない。今となっては、そんな推察、どうでもいい事だったけど。
ため息を一つ吐いて、呼びもしない来客、親兼を睨んだ。その視線の先にあったのは、怒りを露にした表情。なんでも、すぐ表情に表れる。そんな事で、大事を成せるとは到底思えなかったから、次の戦では首級を挙げてやるとか、密使として暗躍してやるとか、そんな大口を叩いても、所詮若輩者でしかないんだろう。実際、親兼は、若者にしては立ち回りの上手い方ではあったが、初陣から暫く経つと言うのに、これと言った戦果を上げられていない。
私がこの城に来た、九つの時からの付き合いである親兼は、私の幼馴染みだ。親兼は、大谷の重臣の嫡男で、幼い頃から、何かの行事の度に、大谷の屋敷に来ていた。ちょうど歳も近かった私たちが、仲が良くなるのも自然だった。
それに、私より一つ下の男子と言うのは、それと同い歳の弟を喪ったばかりの私にとっては大きな慰めになった。親兼に、龍丸、私の亡くなった弟を重ねて、ようやく、私は笑えるようになった。悲しみが癒えたのだと本気で思っていた。あの喪失感は消え去ったと思っていたのだ。そう、私にとって、親兼は家族であったのに。
「聞いてるんだ、答えろよ」
苛立つ声に、私は普段とは打って変わって、屹立として見つめ返した。
「恩人とも言うべき父上からのお願いを断る理由なんてないもの」
「何だと!おまえは、俺の物だ。まだ分からないのか」
「近寄らないで。それ以上来たら、声を出すわ」
その声に、親兼は止まったから、人払いはしていなかったらしい。怒りが抑えきれないとばかりに、右の拳を力強く腰に叩き付ける。
「なんで、選りに選って、隆綱なんだよ。あいつは、氏素姓の知れない下賎の出。ただのもの売りの倅なんだぞ。そんな奴に嫁すと言うのか」
「今は乱世よ。どんな生まれだろうと、その才だけで、一国一城の主にもなれる時代だわ。何を恥じる事があるの?」
「バカを言うな。あいつは新参者だ」
「そうかしら?大谷の者の中で、今一番、武を誇るのは、隆綱殿だと言う噂だけど」
「黙れ!お前は、俺の物だ」
「近寄らないで、と言ったはずよ」
声を荒げ、また一歩にじり寄る親兼を、私はすかさず牽制する。忌々しげに眉をしかめる様は、剣幕そのものだったけど、それとは反対に、私の心は冷めていくだけ。
「なんでだ?約束したじゃないか。俺が武功を挙げた暁には、殿にお前を下さるようお願いするって」
「してない。あなたが勝手に言っていただけ」
「ずっと共に、先にそう言ったのは、お前なんだぞ。裏切るのか!」
それは、約束なんかじゃない。あれは、幼子の駄々。喪ったものをただ追いかけていただけ。
それに、裏切りは、もう十分受けている。
でも、そんな説明をする気にはなれなかった。きっと分かってもらえない。あんなに近いと感じられた、私の思いと、親兼の思いは、今やもう重なる事はないのだから。
私は、ここから出る。こんな事も、もうおしまい。
「もう、私は、ただの居候じゃないの。あなたの主家の養女よ」
主家。その言葉に、親兼はたじろいだ。
叔父の意に背いてまで、私をどうこうするつもりはないらしくて、少しほっとする。
もう本当に終わり。
悪夢が去ろうとしている。
「だから、もう、あなたの思うようには、させないわ」
強く言い放った。
親兼は、私をじっとりと睨み付けてから、認めない、そう口にして、消えた。
恐怖が去って行き、一気に震えがやって来る。一緒になって、涙が溢れそうになるけど、ぐっと堪える。これから、隆綱殿の屋敷に行くのだ。泣き跡なんて、見せられない。

でも、もう二度と、あいつの思い通りにはならない思うと、笑みが浮かんでくる。今、笑ったとして、この先にだって、幸せなどあるはずなんてないのに。
目先の幸にばかり気を囚われるなんて、武家の娘としては失格だし、そもそも道を信じる者としては浅はかだと思うけど、今はただ、心の底から安堵する気持ちでいっぱいだった。

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