戦国の花嫁■■■無声の慟哭03■


陽が傾き始めた、そんな頃合いに、隆綱殿の居城である、奥田城に着いた。
屋敷は、どことなく、静まり返って、空気は重く、まるで人の気配を感じない。通された部屋もまた、冷たい感じがする。

歓迎されるなんて思ってはいなかったけれど、初っ端からこれだと、さすがに、へこむ。でも、私は、ここで暮らしてかなくてはならないのだ。日陰者らしくひっそりと、でも、大谷のために、それだけは肝に命じて頑張ろう。それで、もし、余裕があるなら、何か楽しみがみつけられるといいなぁ。
夫に尽くすとか、ちょっと憧れてたんだけどな…。
まぁ、私みたいな女子では、夫に呆れられたに決まってるから、むしろ、これで良かったのかもしれない。子を産む必要のない、ただのお飾り。そこにいさえすれば、それで足りる存在。私には、おあつらえ向きだ。

…と言うかさ、さっきから、何?
子供が泣いてるんだけど。

鬱々と考え初めてから、暫くしてからだろうか、子供が啜り泣く声がし始めた時には、まぁ、子供は泣くものだからと特に気に留めなかったけれど、一向に泣き止む気配がなかった。
あぁ、もう!この屋敷には、子守りがいないの?
少し行儀は悪いけど、どの道、私はこの家の者になるのだ、ちょっと彷徨いたって、構わないだろう。その子を探すために、部屋を出る。
泣き声を頼りにして、全く間取りの分からない屋敷を彷徨く事もなく、ちょっと進んだところの庭先で、踞る子供を見つける。
この子か。
「何を泣いているの?」
男の子が、私の声にぱっと振り向く。
まだ、八つか九つか、あどけない表情を残すその顔は、涙に濡れていた。目元や頬は、真っ赤で、よほど泣いていたのだろう。
服装からいって、白河の家臣の子弟とも思えなかったから、隆綱殿の息男なのだろう。そうやって見れば、どことなく似ている気もする。飴色の瞳は、お父さん譲りかな?
何か叱られたのかしら?それにしては、酷く悲しげに見える。
「お姉ちゃんは、誰?」
一つしゃくり上げて、涙を拭うと、まっすぐに私を見つめて、男の子は言う。
「私は、大谷の屋敷から来た者よ」
「大谷って…お殿様がいる所?」
「そうよ。私は、そのお殿様の娘なの」
「それじゃあ、あなたは、お姫様なの、ですか?」
「お姫様、か。そうね、私は、お姫様。君は、隆綱殿の息子?」
「はい、奥田城主、白河隆綱の一男、若竹です」
やはり、そうなんだ。
愛妻に、愛息。
何の不足もないこの家に、私の居場所はあるんだろうか?いいえ、居場所など関係ない、私は、叔父のため、大谷の家のため、ここに来たのだから。
「お姫様も、母上に会いに来て、くれ…くださったのですか?」
敬語が慣れないのだろう。涙声で、つっかえながら言う様は、なんとも可愛らしい。
奥方様は、体の弱い方だと聞いた事がある。だから、大谷の奥方の集まりにも出られないのだとか。
「いえ…母上は、お加減が悪いの?」
みるみる間に、若竹の瞳に涙が溢れる。それを取り出した懐紙で拭いてやるけど、溢れては零れるそれは、切りがない。
「ごめんなさい。僕、武士の子なのに、こんなに泣くなんて、みっともない、です」
「そんな事ないよ。母上が、大変なのよ、涙を見せるのは仕方ないわ」
「僕、約束したんです。母上が元気な間は、笑顔でいるって。でも、母上は…母上」
一層、大粒の涙が溢れる。柔らかそうな髪をそっと撫でる。
「そうね、それは良い心掛けだわ。さあ、涙を拭いて。母上に笑顔を見せておいで」
飴色の瞳を瞬かせて、私を不思議そうに見ると、首を横に振る。また、大粒の涙が、頬を伝っていく。
「もう、いない、です。母上は、いなくなってしまいました。だから、僕、もう我慢できなくって…十七日も経つのに、涙が止まらなくって」
「いない?…それって」
「若竹」
私の言葉は、後ろから来た者の声に隠れてしまった。

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