戦国の花嫁■■■無声の慟哭10■



最初の時より、ずっと見定める瞳を感じる。それは、昨日の私を知っているからで、私が怯えないよう、気遣っていてくれるのだと分かっているけれど。
でも、どうしても考えてしまう。私がどこまで汚らわしい体をしてるのか、それを確かめようとしてるんじゃないかって。そう思うのに、意に反して、体は信じられないくらい熱くなっていく。

「そのように我慢しなくても、思うように、声を出して構いませんよ」
耳の中に、ねっとりと舌を這わせて、お腹が疼く甘く低い声で、そう囁かれるけれど、首を横に振った。その間中も、胸を中心にして、両の手がやわやわと私を苛むから、手で口を覆っても、声がどうしても漏れてしまう。
「そんな風に、内に溜め込んでは、体が苦しいでしょう?」
確かに、ぐっと口を引き結べば結ぶほど、体は熱くなっていくようだった。でも、その戒めを解く気にはならない。そんな事をすれぱ、何かとんでもない事を言ってしまいそうで、怖くて仕方がない。
「姫、遠慮はいりませんよ」
口許で重ねられた手の甲に口づけを落として、優しい笑みを浮かべたまま、隆綱殿は言うけれど、私はただ首を横に振った。隆綱殿は考えるようにして、少し間をおいてから、もう一度口づけをくれる。
「では、覚えておいてください。ここには私しかいません。私と姫だけの時です。何も恐れる事はありませんから、気が向いたら、姫の可愛らしい声を私に聞かせてください」
ね?と教え諭すように、ゆっくりと言われて、どう返事してよいものか戸惑う。恐れがなくなったとして、この手を離す気になるだろうか?…そこだけが問題でもない気がする。
私の困惑を読み取ったのか、くすりと笑われる。
「すみません、少し欲張りすぎたようですね…つまりは、あまり深く考えずただ、私を恐れる事はないのだと、それだけは覚えて欲しいと、そう言う事です」
それならと、こくりと頷くと、笑みと共にお礼を述べられて、頬を撫でられた。隆綱殿の手は、本当に温かくて、ほっとする。少なくとも、この頬に触れる手は怖くない。それに気付いて、ちょっと心が軽くなる。
そして、埋められていく異物感に、はっと理性が戻るけれど、気を強く持つ。これは、隆綱殿だ。夫なのだから、何も恐れる事はない。夫婦として、当然の事なんだ。
今夜こそ失敗してはいけない。なんのために、こんな事をするのか、意味がなくなってしまう。隆綱殿だって、したくてしているわけじゃない。私が大谷からの嫁だから、私が頼むから、こうしているだけ。昨夜は、あんな風になるだなんて知らなかったけれど、今夜は、そうではないのだ。
じっと見つめると、笑みが向けられる。
この与えられる感覚に溺れてしまえば、恐怖だって掻き消されてしまうかもしれない。一つ決意をして、疼くばかりの体に従って、腰の位置を少しずらして、さらに奥に導く。

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あぁ。もう、どうしようもない。弁解のしようも、申し開きさえ、何の意味もなさないって、正しく、こういった状況の事を言うんだろうなとは思う。隆綱殿は、こうなると分かっていたんだろう、私が声を荒げた瞬間に、すっと体を離して、私の様子を伺う。そして、何を感じたのか、中に指を差し入れてくる。
「あ…たかつっ」
「どうぞ、そのまま」
どう言う事?何、もう一度って言う事?そんな、私…今のままじゃ、また同じ事をする。
「今夜は、もう挿れません。ただ姫を楽に…」
そこまで言うと、手つきは激しいものになり、あっと言う間に、高められていた私の意識は飛ぶ。

そして、ぼんやりと景色が認識できるようになった頃に、ようやく、隆綱殿の意図を理解した。拒絶したのに、体は疼いたままとか、自分の事ながら、ホント呆れるしかない。それを隆綱殿は、感じ取り、こうしてくれたって事。恥だ。恥すぎる。
けれど、どうしてだろう。なぜか、隆綱殿がいない。いや、なぜと言うか、むしろ、非が多すぎて、その理由を無理に拵える必要はないわけで…。いないって事は、もうこのまま戻ってはこない可能性が極めて高い。
どうしよう。探して謝りに行くべきかな。
そうは言っても、意識は依然として虚ろで、まだ体も言う事を聞きそうになく、判断をつけられない。けれど、失敗したと言う感情だけははっきりとしていて、気持ちは急いていく。
また失敗かって思った?それが、気に入らなかったのかな?もう面倒だって思った?だから、いなくなった?
なんとか手繰り寄せた襟を重ね合わせた時、襖が開かれる。かなり着物を着崩した隆綱殿が現れたので、驚く。
「あの、どうされた…どちらに行かれてたのですか?」
ほとんど無意識に言葉が突いて出る。隆綱殿は、なぜだろう、歩みを止めて、頭を掻く。
「あー、少しばかり、その…やり残した事があったので…それを片付けに」
「そうでしたか」
そう言う事だったのかと、ほっとすると、隆綱殿は、まぁ意識がないとは言え、御前では憚られたもので、と付け加えた。それに、うん?と引っ掛かりを覚えるものの、戻ってきてくれたと言う安心感に、さっきまでの動転が去ってしまったので、私が解決せねばならぬ問題が前面に出てくる。どうしよう。
「隆綱殿…」
息は整ってはいたけれど、言葉に詰まる。恐る恐る隆綱殿を見ると、変わらずの笑顔なので、さらに眉が八の字になる。懸命に内心を読み取ろうとするけれど、さすが百戦錬磨の将、穏やかな笑み以外の情報が得られない。そして、それが、表面上のものであるのは尋ねるまでもない。どうしよう。
潤りとした目尻に気付いたのか、苦笑した隆綱殿の指がそこに触れて、慣れた仕草で、頬をそっと包み込んでくれる。
「気に病まれずとも。…少しずつ、慣れましょう」
「ですが、私」
「大丈夫ですから。どうぞ、お休みください」
それだけ言うと、隆綱殿は乱れた寝床をほとんど調える事なく横になってしまった。
その際、ぽんぽんと頭を撫でられて、これじゃ完全に子供扱いされてるなと思う。年齢を考えれば仕方ないし、きっと妻とは思ってくれてないんだろうな。そんな風に考えて、胃が痛むんじゃなく、むしろその優しさに心が温かくなるのは、課せられた務めを考えれば、叱責ものだろうけれど、本当に隆綱殿で良かったと思ってしまう。だって、隆綱殿でなかったのなら、一体どうなっていた事やら。面倒だと見なされ一切触れられなくなるか、あのまま最後までされてしまうか…どちらにしろ、良い状況になるとは思えない。好運に感謝せねば。
いやいや、私、しっかりしろ!それに甘んじず、大谷からの嫁として相応しくならなくてはいけないんだぞ。隆綱殿は、優しいけれど、私が尽くすべき人であって、私の味方ではないのだから、その優しさに甘えてはいけない。

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