戦国の花嫁■■■無声の慟哭51■


そして、私を見つめる隆綱殿にもう優しい笑みはなかった。
掴んだままの私の手を引き寄せると、指先に口づけをして、指の付け根の間を、音が上がるくらいにして舐めてくる。びりびりとした感じに、手を引くけれど、無駄。更に、手を撫で上げられるに至って、まるで、あそこにされてるみたいな気がしてきて、一気に頬は熱を帯び、もう見てられなくて、目を閉じたいけれど、やはり躊躇う。その私の瞳を見つめたまま、隆綱殿は、私の中指をたっぷり口に含んで、じゅっと吸うと、付け根から爪の先へと舌で撫で上げる。それに、私は思わず、膝頭を擦り合わせて、声を漏らしてしまう。
「気持ちいいですか?」
恥ずかしさのあまり、首を横に振りかけて、でも、思い留まる。
「姫の大事なところを同じようにしたら、もっと気持ちいい。そうは思いませんか?」
そんな事に同意を求めないでほしいと心のどこかで思うのに、言われるまでもなく想像してしまった欲に抗えず、音もなく、こくりと頷いてしまう。
「姫の、その偽らないまっすぐな心根が、私にはなんともゆかしい…」
こんな事正直に言うの、どうなんだろうと思っていたので、そうなのか、隆綱殿は、そう言うのがいいのかと新たに一つ知った。その認識が、安心感になって、私の心の中にある孤独を追い出してくれる気がする。ほんのちょっとだけれど。でも、隆綱殿を知っていく事が、私の安らぎになるのだと言う事だけは確信できるので、そう思えるだけで、すごく満たされたような気持ちになる。
だから、偽らない私をもっと知ってほしくて、握られたままだった手を、再び隆綱殿の口許に持っていく。触ってほしいのは、ほんとのところ、手じゃないけれど。それは偽りではなく、若い娘の恥じらい。隆綱殿だって、それはすぐに分かって、くすりと笑う。差し出した手の甲に、軽く口付けると、そこはもうおしまいとばかりに、手をぽいっと放してしまうと、言った通りの場所に手を伸ばす。
すでにほどけている入り口から、そのまますっと奥まで差し込まれ、はっと息を吐く。
「さっきは、どんな風に想像したんですか?」
ぴたりと動きを止めて、隆綱殿はそう問うてくる。
さっき、どんな想像を…?っっって!何聞いてくるの?!
当然隆綱殿は、私の、その動揺っぷりを愉快そうに見つめてくる。前にもからかわれたし、隆綱殿って結構いたずら好きなの?
それなら、私だって!
「私の考えたままを告げたら、隆綱殿は、それを再現してくれるの?でも、想像した隆綱殿になんて、私、触られたくないです」
愉快そうな表情が、真顔になったけれど、それは本当に一瞬の事で、愉快そうな笑みがさらに深まる。
「確かに、姫の心を満たすのは、現の私でなくては。たとえ、姫の思い描いた私であろうとも、気分はよくないですね」
それから、ちょっと考えるようにして、間をおいてから、そう言う。私が、狼狽えようが、上手く切り返そうが、隆綱殿的にはどっちでもよかったらしく満足そうに笑うので、こちらは釈然としない。
それに依然として中にある指にもう私の頭はおかしくなりそうになっていたから、その勢いに全てを委ねてしまう事にして、隆綱殿の首もとに腕を巻き付ける。
「私の思う隆綱殿じゃなくて、本当の隆綱殿を見せてください」
そう言うのが、私の精一杯。
あとは、どうにでもなれ、とばかりに、私が腕に力を込めるのと、隆綱殿が私を押し倒すのとは、ほぼ同時で、あれよあれよと言う間に、私の意識が白く飛ぶ。
ふっと戻った意識の中、あの特有の圧迫感に、反射的に、悲鳴のような声を漏らしてしまう。
そうしてしまった瞬間、そう口にした事を後悔した。体を離そうと体を起こす隆綱殿に、恥じらいなんてうっちゃって、衝動的に、足も腕も何もかもで絡み付くようにしがみついたから、その重さでか、隆綱殿は起こしかけたのをやめる。
沈黙の中、荒い息遣いだけが繰り返される。
お互いに了承し合えたと思った。でも、それは言葉だけのもの、絵に描いた餅のようで、実はない。だから、私の、ほんの短い言葉であっという間に、現実を突き付けられてしまう。きっと、隆綱殿は、これ以上の事をしようとはしない。
でも、そんなのは嫌!
「お願い。最後まで、して。隆綱殿にして欲しい。隆綱殿でいっぱいに」
ぴたりと、隆綱殿の呼吸が止まった。けど、え?っと思う時もなく、深くまで突かれて、はっと息を吐き出した。それからは、もう息ができないくらいに、突いて、突いて、突かれて、自分の声らしからぬ桃色の声を上げた。生理的に浮かぶ涙で霞んだ視界に、隆綱殿のまっすぐな瞳が見える。獲物を付け狙う狼みたいな、冷静でもあり、熱を帯びる瞳は、とても力強い。もう癖のようになってたから、私も目は閉じず、隆綱殿を見返す。
今までは、ひたすら隆綱殿であるかないかを確かめるために目を開けてたけど、今はちょっとだけ隆綱殿の様子を見る余裕があった。
段々と余裕のなくなっていく表情。荒い息遣い。時折漏れる吐息の甘さ。切なく歪む顔。こんな顔してたんだ。気付かなかった。そう思ったら、すごく体が切なくなる。
きっと、隆綱殿ももうすぐ。激しく揺さぶられる感覚に、終わりの訪れを感じる。でも、このまま受け止めたいと言う意志に反して、また叫び出しそうになったから、手で口許を覆おうとしたけれど、それより先に、隆綱殿の指が差し入れられる。その蠢くような指使いが、更に体を高める。
いつもと同じように、感覚だけに従って、頭を空にする。
そして、びくびくと震える胎に、どくどくと言う脈動が伝わる。その熱に、体は私を幸福に誘うけど、心は本能的に怯える。危険なものだと、拒絶しろと訴えてくる。隆綱殿だって分かっていても、受け入れるのにはまだまだ時間がかかりそうだった。
でも、そんな事を悟られたくなくて、どうしようと戸惑う。
荒い息のまま、私に覆い被さっている隆綱殿を抱き締めて、思いっきり息を吸い込む。隆綱殿の匂い、体温、すべてを懸命に心に覚えさせる。安全だと、これこそが安らぎなのだと。少しずつ馴れるしかない。
暫く、繋がり合ったまま、熱を分かち合ってから、隆綱殿が離れていく。
私の瞳に涙が浮かんでるのを見つけて、眉がしかめられる。優しく頬に手が添えられる。
「やはり泣かせてしまいましたね」
隆綱殿の手に、自分のそれを重ねて、ふるふると首を横に振った。
「ただ嬉しくて、それで…」
隆綱殿は、それでも、表情を変えない。
強がってると思われてるんだろうか?だとしたら、切ない。だって、私はこんなにも幸せだと感じてるのに。幸せを幸せだと感じられない体がもどかしい。
「たとえ、怖くて涙を流してるとしても、私は幸せです。だから、気にしないでください」
「…分かりました」
少し納得のいかないような顔をして、親指の腹が、ゆっくりと私の頬を撫でる。温かい隆綱殿の手のひらに、どきどきする。心地よいその動きに、そっと瞼を閉じた。
なんて幸せなんだろうと、その喜びを体いっぱい享受する。
目を瞑ったせいか、隆綱殿の温もりに安心したからなのか、うとうととする。体、ベタついて、ちょっと気持ち悪いけど、もう寝てしまおう。
ぼんやりとした意識で、遠慮も何もなく、隆綱殿の胸にぺたりと貼り付いて、もぞもぞと寝心地の良い場所を見つけて、満足する。よし、ここなら、朝までぐっすり眠れそうと思ったところで、ふっと首筋に、吐息を感じると、ぺろりと舐められ、びくっとして、目を開いた。

何?何事?

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