深窓の姫宮■■■18■


人の気配に目を開けた。
霞んだ視界に、良人さまがいる。
「良人さま」
その声に、驚く。
ひどく掠れた声だった。
誰の声?
「綺麗な声が、台無しですね」
良人さまも、そう言って、笑った。
「まぁ、すべて、俺のせいなので、もうしわけないですけどね」
そう言われて、思い出す。
けれど、私の体は、綺麗に拭かれて、新しい夜着を着せられていた。梅花がほんのりと薫るそれは、鶴が上品にあしらわれた綾だ。
腰が痛むし、体に違和感があるけれど、体を起こそうとする。
「あぁ、たぶん動けないと思いますよ」
軽く降ってきた言葉に納得がいかず、力を入れてみるけど、腰の痛みを差し置いて、不思議なくらい力が入らなかった。見かねた良人さまが、体を起こしてくれる。
どうして?って、瞳を良人さまに向けると、申し訳なさそうに、でも、八割くらいは幸せそうな笑顔で、口を開く。
「お許し頂ける限り、少し無体にしましたから。…明日の夕方には、歩けるようにはなると思いますけど」
「どういうこと?」
「本懐叶ったあまりの嬉しさに、頑張ったと言うか、限界に挑戦したというか…」
「私にも、分かるように言って?」
「あれだけ、縦横無尽に腰を打ち付けられたんですから、腰が抜けてしまうのは、仕方ない…で、お分かりになりますか?」
腰を打ち付けられた。
それが、原因?
「でも、あれは、男を知るものなのでしょう?」
「え?…まぁ」
「では、男を知るのは、腰を抜かさねばならないことだった、と言うこと?」
「あー…言い得て妙と言うか、本質は全然違うと言うか」
的を得ない答えに、私は首を傾げる。
「男を教えたのは、俺ですけど、腰を抜かすほどしなくても本来はよいはずで、そこまでしたのは、俺の問題と言うか。…姫宮、お分かりになりますか?」
「男だからじゃなくて、良人さまだから、腰が抜けてしまうの?」
「…お嫌ですか?」
「でも、それが、良人さまなのでしょう?」
以後、出来る限り、気をつけます、と困ったように微笑んで、口づけが降りてくる。
舌が絡み合う。
見つめあった瞳のままだったから、私は、慌てて、目を閉じる。
くすりと良人さまは、笑うと、体を離し、私の唇を親指の腹でなぜた。
「別に、閉じたくなかったら、そのままでも構いませんよ?」
「でも、閉じた方が、好きだわ。良人さまをもっとよく感じられるもの」
「そんな風に、ぽつりと可愛い事を言うから、困りものです」
「ぇえ?」
「もう少し、優美に優しくするつもりだったんですよ。でも、姫宮は、俺を煽ってばかりで、つい本性が出てしまったわけで」
「本性?」
「…この先、どのみち、わかることと思うので、正直に言いますね」
「えぇ」
「俺、入れてからが長いんですよ。別に、長くしないで終わらせることも出来ますが、そうすると、なんか出しきった感じがしなくって…そうすると、どうしても、相手の体力を奪ってくようで」
困ったように笑った瞳が、こちらを向くけれど、言っている事の半分も分からなかったから、私は目を瞬かせる。

「体辛いですか?」
にこりと笑いながら、見つめられて、ぎょっとする。
明日の夕方まで、歩けないだろうと言ったのは、良人さまではないのか?
「あぁ、違いますよ。確かに、下心が全くないわけじゃありませんけど…それほど、粗野な男じゃないですよ、俺だって」
どっちなんだ?って思った。
表情に出てたのか、男と言うのは、慕う女子を優しく大事に扱いたいと思いつつも、一方で、心のままに骨の髄まで愛したいと思う、なんとも我が儘な生き物なんですよ、と、良人さまは、苦笑した。
つまり、葛藤に苛まれるってこと、かしら?男でない私には、わかりっこないかもしれないわ。
「ほら、月を見ると言っていたでしょう?」
月?
言われて、いつの間にか、宵闇が訪れていた事を知る。
「体がお辛いのなら、無理はいけませんが。今日は、月見に良さそうな天気なので」
私は、頷くと、良人さまは、もう一度、体は大丈夫か?と確認してくる。これも、葛藤の一部なのかしら?と可笑しくなって、私は笑って、大丈夫と告げる。
そんな私の態度を露にもかけず、嬉しそうに笑って、ふわりと私を抱き上げると、月が綺麗だと言った池の前に、私を誘った。

そこから見た月は、遅くに出てきた私たちに合わせるかのような、下弦の月。
水底にあるその姿を見つめ、ぼんやりと思う。
これから、どんなに月が形を変えても、私の気持ちは変わったりはしないんだろう、と。
そして、良人さまも、同じように思ってくれていたら、嬉しいな。

■第一章 了■■■

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