深窓の姫宮■■■30■


大内裏の奥の奥、そのまた、奥。
誰も寄せ付けない場所で、優雅に、書をたしなむ姿を見て、兄妹して、籠の中の鳥とは、言い様のない境遇だなと思った。
だから、せめて、姫宮だけでも、陽の明るさを楽しめるようにしてやりたい。そんな風に考えるのは、傲慢だろうか?

年の近かった俺と帝は、母親同士が親しかった事もあり、幼い頃からの遊び相手だった。当時は、俺の方が何かと憚られる身ではあったが、他の取り巻きとして与えられた公卿の子弟に比べれば、俺の身の上に近い分、遠慮はなかったし、親しみやすく、何より、お互い共感する部分が多かった。誰よりも、お互いを理解し合っているとさえ、感じていたほどだ。
いつか、スメラギになる日が来ても、こいつがいてくれるのなら、それほど窮屈でも、退屈でもないかもしれないと思えた奴だった。

足音で気付いたんだろう、こちらを振り向くと、驚いたように目を瞬かせ、手にしていた筆を置くと、座を勧める。特に礼もとらず、座す。
「久しぶりだな」
「あぁ」
「と言うより、初めてじゃないか?お前が、ここまで来るのって」
瞳をぐるりと回して、記憶を辿るけど、それらしい記憶は思い浮かばなかった。
「言われてみれば、そうかもしれないな」
「だろう?ここは一つ、旧交を温めよう!と言いたいところだが…滅多にない自由な時間を無駄にはしたくない。聞こう」
話の早い幼馴染みで、助かったと思う。
悪いな、と笑って、居住まいを糺した。
「一つ、頼みがあるんだ…」
「なんだ?」
「お前の妹が、欲しい」
「何人、俺の妹を奪ったら、気が済む?」
「そんなに見境なくはない」
俺は、色欲の権化か?と、ジト目で睨む。
「じゃあ?」
「あの方さえいれば、他に誰も何も必要としない」
「まさか、のろけに来たんじゃないよな?」
「いや、おまえだけには、わかってほしかったんだ」
すっと向けられた視線が重なること暫し、真剣だった表情が、一気に笑みに変わるから、どうした?と問う。
「…じいさまも、耄碌するんだな、と思って。明らかに、人選を誤ってるだろ?」
「だよな?でも、耄碌してるだけなら、適当にあしらえるんだが」
「それもそうだな。まぁ、うまくかわせよ」
にやりと笑うと、再び、筆を手にする。
確かに、もう話すこともないな。
立ち上がり、部屋をあとにしようと、歩いていく途中、ふっと思い出したように、俺は、口を開いた。
「姫宮の笑顔は、ほんと、可愛い」
そうか、と、小声で背中が呟いた。

≫次へ■■■

inserted by FC2 system