戦国の花嫁 ■■■06■


抵抗と緊張。
けれど、それは一瞬のこと、舌を絡めればそれに従うし、角度を変えればそれに応じる。
わしの肩に添えた手は、拒絶を示すこともない。
苦しげな息の中に交じるのは、甘い艶のある音。
こう言うときは、積極的よりも少し従順なくらいが、わしの好みだったはずだ。

このまま、彼女の体に没頭してしまいたかったが、先ほどの彼女の言葉がわしの心を締め付ける。
相手の心など、体の触れあいの二の次だと思っていたと言うのに。

荒い息を上げ、離れる。
うっとりとした瞳が宙を見つめ、ゆっくりとわしに焦点を合わせてくる。その大きな瞳が瞬きをすると、涙が一つこぼれた。
「全てなどできません」
何が?とは聞かなくても分かる。先ほどの会話の続きだ。
好いた女子に袖にされるとは、ここまで心を抉るものなのか?目の前が真っ暗になる。
「なぜ、そのようなことばかり、殿は仰るのですか?私が、何か失礼をしましたか?私が、妻として尽くしたりないと仰るのですか?」
驚いて、彼女を見れば、一粒二粒と止めどもなく、涙が頬を伝っていた。
なぜ、彼女が泣かなければならないのか?
分からない。
「殿のため、御家のため、及ばすながら、私がここに嫁いだその意味を考えているつもりです。全てなど…それは、妻のしなければならない事じゃないはず」
言われたことの意味さえわからなかった。
「妻のしなければならない事じゃないとは、どう言う意味だ?」
一際大きな涙の粒を流して彼女は瞳を伏せる。
「教えぬ気か?そなた、わしのために一体何をしたという?いつだって、わしに何も尋ねず、それでわしの心に尽くせるとでも思っていたのか?御家のためとも言うたな。留守は家を守り、行く行くは、嫡男を産めばいいとでも思っているんだろう?」
「それの何が間違いだと仰るのですか?初めてお会いした日、殿は私をお抱きになりました。それは、なんのためだったのですか?」
「わしに抱かれたくなかったと、そう言うことか?なら、懐中刀でもちらつかせれば良かったではないか」
「そのようなことなら、端から、嫁いだりなどいたしません。羽生殿への恩返し、余語や佐々木の家の再興の手助けになればと、この婚儀を受けました。殿に嫁ぐことは、私にとっても、十分意味のあることなのです」
「わしが言いたいのはそういうことではない。わしは」
続けようとした口を細い指でふさがれる。
「それ以上は仰らないで。どうかお願いです」
わしの気持ちを理解してなおの振る舞いだと言うことなのだろう。
やはり、わしが、どこで何をして、何を考えていようとも、気にも留めないのだ。彼女にとって、わしは、嫁いだ先に偶々いた男、その程度の存在なのだ。
自分が阿呆のように思えて仕方ないのに、笑うことさえできない。

「他に想い人がいるのか?」
「今の世で、想い人を一途に思い続ける女はいるでしょうか?」
「本心を話せ。そなたの心がどこにあろうと、何もどうこうするつもりなどない」
「私の心には、どなたもおりません」
「嘘を吐くな」
「いいえ、主人たる殿に嘘偽りなど申しません」
「なら、どうして無理だなんだ?わしのどこが気に入らぬ?」
「殿、お願いです。このままで、どうか」
弱々しく首を振って、袖を濡らす姿に、募るのは愛しさばかりだった。どうして、諦められるか。
「わしも譲れぬ。余所の妻なら、横恋慕じゃ。その濡れる瞳に免じて、諦めもつく。しかし、そなたは、わしの妻ぞ?誰も好いておらぬ、嫁いだことに異存はない。それだと言うに、わしの思いを知ってなお、わしを拒むは何故じゃ?」
「殿、お許しください」
「何か理由があるのだろう?それに理があるならば、わしとても、この思いを突き通そうとは思わん。今後、このようにそなたを困らせたりはせぬ。必ず嫡男を産ませるし、佐々木の家も盛り立てよう。だから、話せ」
「…殿」
むせび泣く彼女にその意志があるのか計りかね、その様子を見守る。

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